「クレー、見てよコレ、今世紀・最大の傑作が出来たんだ‥」
「ふーん、此処で食べるの?」
「…! 違うよ、コレは人にあげるんだ」
いつもの研究室に向かいながら、フィンセントは胸元に大事そうに箱を抱えながら、笑みを浮かべた。
「ああ、そうなんだ‥」
「…クレーも欲しい?」
「いや、僕は、そんなに甘いものは好きじゃないから‥」
「ん〜、ボクの最高傑作なんだから、欲しそうにしてよ」
「…人にあげるんじゃないのか」
「ふふ‥この間のホット・ドッグの仕返しだ、やっぱり、今日は美食で攻めなきゃ」
「………」
「さてと仕事、仕事〜…」
コントロール・ルームを出たウェブは遅い昼食を摂るために局内の食堂に向かった。
「………なんか、嫌な予感がする」
その胸騒ぎと共に、廊下の側面から駆け寄って来る白衣を見つけたウェブは立ち止まって軽く溜息を吐くと、
再び、ゆっくりと前方に向けて歩き出した。
「ウェブっ」
白い箱を携えて、フィンセントはウェブに追い付くと、彼女の前に箱を差し出した。
「メリー・クリスマス!はい、これボクからのプレゼント」
「えっ?ああ、メリー・クリスマス」
訝しげな顔で箱を受け取ったウェブの前で、フィンセントは、ニコヤカに話を続けた。
「それ手作りなんだよ、クリームは本物の牛から縛った乳から作られてるから、美味しいと思うよ」
「そう…ありがとう、でもフィンセントはクリスチャンだったっけ?」
「それは気にしない,!この間のお礼も兼ねてるだけだから」
「ああ…」
「そうそう、だから…」
「………」
やや、声のスピードを落としてフィンセントは笑みを浮かべたまま、彼女に気持ちを告げた。
「うん、1ホール有るから、だから、ウェブの恋人と分けて食べればいいよ…」
「………」
「…(今度こそ、これで、お仕舞い………)」
少しだけ視線を落として、フィンセントは努めて明るい声で、彼女に小さく手を振った。
「それじゃ、もう休憩時間、終わりだから戻るね」
「…フィンセント」
「あっ、ローソクは付け忘れたから、別に買ってね‥」
「………いや」
やや、渋い表情を浮かべたウェブに、通路を戻ろうとした、フィンセントは、立ち止まって困惑気味に訊ねた。
「えっ…もしかして、甘いもの、クレーみたいに苦手だった?」
「クレーが苦手かどうか知らないけどね…」
「そ、それじゃあ引き取る…」
「貰って嬉しいけど、一人じゃ、こんなに食べきれないな」
「………えっ?」
箱に伸ばしかけた手を引っ込めて、フィンセントは再び困惑した表情で尋ね帰した。
「……一人?」
「うん、残したら勿体無いから半分切って欲しい、
残りは貰って帰るよ」
「………」
「フィンセント?」
一呼吸、間をおいて、フィンセントは表情をくしゃっと崩すと、箱に手をかけたまま、眼前のウェブに心情を漏らした。
「ウェブ、ウェブは、やっぱり意地が悪い…!」
「えっ??どうして?」
訳が判らないと言う表情を見せる、この地獄的に鈍感な想い人に、一体どうやって伝えたものかと、フィンセントは
自分の髪を掻き毟りたくなった。
「ああ、そうか!」
「えっ…?!」