「足は‥?」
「只の引っかき傷だよ…それより、終電‥」
「そうか…でも、細菌が入ってたら、大変だから、近くの店で消毒は先に…」
「キライな癖に…」
思わず、声に出して言ってしまってから、フィンセントは、はっとして顔を上げた。
案の定、眼前ではウェブが目を見開いて、自分の顔を見詰めていた。
「……っ…」
「どうしたんだよ…」
ウェブは軽く眉をしかめて、微笑を浮かべると、いつもの調子でフィンセントの顔を正面から見詰めた。
「別に…ウェブは外部で調査するのが仕事で、ボクは持ち帰った物を調べるのが仕事だから…嫌いでも好きでも
相手をしなきゃいけないから大変だなって思っただけ…今日だって……」
「…つまり、私が嫌いなんだね…」
「えっ?!!」
溜息を吐いて、その場を離れたウェブにフィンセントは、慌てて取り縋った。
「えっ?!違うよ、逆だよ!ウェブがボクを嫌いなんじゃないか!」
「いつ、私が、そんなこと言ったんだ‥?」
「そんなの、誰がみたって、言動見てれば判るよ‥他の人には普通なのに、ボクには、
いつも、いつも、冷たい態度でさっ‥休みの日だって素通りするし…ボクは…」
傍から見たら、まるで恋人同士の痴話ゲンカのような会話をしながら、二人は足早に駅に向かって移動
歩行の上を歩いた。
「…悪かったよ‥」
「えっ…?!」
唐突に謝られて、フィンセントは面食らった。
「最近、忙しかったから、いつの間にか、八つ当たりしていたのかも知れない…きみには甘えていたのかもな…」
「…そんなこと…別に…」
「………」
- そんな言葉が聞きたかった訳ではない。 -
そう、喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、フィンセントは歩きながら、一呼吸置いて答えた。
「ごめん…ウェブは忙しいのに、今日だって、無理して、公演を見に行くのを承諾させて……っ、ボクは…」
段々、俯いていく彼人の横顔を見詰めながら、ウェブはにやっと笑って答えた。
「フィンセント…」
「えっ……?」
「…好きだよ…」
「あっ…?!」
移動歩行の上で、ぽかんと口を開けたままのフィンセントをその場に残して、ウェブは分かれ道で右側の駅ホームへ軽く手を上げて
去っていった。
「………」
左の地下鉄道に下りながら、フィンセントはポケットに手を入れながら小さく呟いた。
「Like…か…」
反対路線を流れ行く電車を見詰めながら彼人は心の中で、もう一度呟いた。
(‥ボクは……愛してる…)
12月24日
ドーム・シティーは地下都市も地上部位もイルミネーション一色に染め上げられていた。
人口の約3分の2がキリスト教徒のこの国では、この時期になると、あちこちから、クリスマス・キャロルが
聴こえ出す。
フィンセントは、朝冷えの空気の中、手元に大きな箱を抱えて情報局の扉を通った。
「危険物は持ち込み禁止ですよ」
受付のバイオ・ロボットに声を掛けられて、ちょっとだけ、フテ腐れて見せながら、フィンセントは意気揚々と答えた。
「これは、ケーキだよっ、ボクの手作りなんだから危険は無いさ、何なら味見してみる?」
「おはよう、フィンセント」
後ろから来た同僚に声を掛けられ、フィンセントは振り返った。